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 45.競り場・日本海へ 

岩木を越え、いよいよ終着の「競り場」へと向かいます。海風が心地よく吹いてきますので、足取りも軽く、といきたいところですが、海は近いはずなのに、なかなか 見えてきません。

昔(江戸の頃)、姫川の氾濫対策で設置された堤防(跡)に桜の大木が一本あります。桜の咲くころはきれいなんでしょうが、この日は6月の中旬、葉が繁ってい ました。この堤防の奥に、石仏が安置されていたので手をあわせてきました。
すぐ近くには、「水神社」が祭られていて、立ち寄ってみました。見上げるほどの一直線の階段があって登って見る気にさせられます。水神様(水波女神、ミズハ ノメノカミ)と共に、大国主の命(オオクニヌシノミコト)と奴奈川姫命(ヌナカワヒメノミコト)が祭られていました。奴奈川姫は姫川の名前の由来となったと 言われています。

江戸の堤防跡と桜の木。↓

堤防の先の石仏。↓

水神社が祭られていた。↓

一直線の階段。↓

大国主の命と奴奈川姫命。↓

一直線の階段は122段ありました。これだけあると、つい数えてみたくなります。(笑)
階段は苔むしていました。帰りの階段は足を滑らせると下まで転げ落ちそうでしたので、巻き道を降りてきました。

水神社から少し行ったところに須沢諏訪神社があり、この神社の正面をまっすぐ海に向かうと須沢の競り場に至ります。が、現在は、中断されていますので、谷内川 (やちがわ)沿いに歩いて行きます。

須沢諏訪神社。↓

神社から伸びる道。その先の北陸本線をくぐります。↓

谷内川沿いの道。↓

建設中の新幹線と国道8号をくぐります。↓

建設中の北陸新幹線。↓

国道8号線の下をくぐります。↓

とにかく谷内川沿いに行く。従って右を行く。↓

終点の「競り場」とは荷が競り売りされたところで谷内川は荷を陸揚げするための小船の水路だったそうです。現在は「競り場」という地名が残されており、道標 が一本立っているだけでした。

谷内川の終点、競り場地区。松並木の先は海のはず。↓

谷内川の道標。↓

海側より見た谷内川水路。↓

松並木がありますので、この先は、もう海。のはずが、見えません。せっかくですので、見に行きました。すぐそばの公園を横切り、道路を渡りますと、海が見え ました。

谷内川の公園。↓

海はすぐそこ。↓

日本海だ〜。↓

わ〜〜お、日本海だぞ〜〜。海を見てやっと到着した感がありました。
(やった〜ばんざ〜い!!)。

これまで歩いてきた「塩の道」は西道とか西廻りと呼ばれている道で姫川の左岸側を歩いてきました。とりあえずは、目標達成ですが、実は 、まだまだ「東道」と呼ばれる「塩の道」があるのです。
次回は、北陸道(旧8号線)を歩いて糸魚川の市内へと向かいます。

つづく・・・。

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